障害評価のものさしと障害認定基準
日常生活能力・労働能力と稼得能力 (1)障害評価のものさしとしての日常生活能力 障害年金の障害評価のものさしは、日常生活能力とされています。 日常生活能力は、「社会人として平均的な環境のもとにおいて日常の生活を他人の力に頼ることなくおくれる能力」と説明されています。施設に入所したり入院している場合は、その人が平均的な家庭にいればどのような状態であるかを想定して日常生活能力が評価されます。 一方、障害厚生年金の3級の障害評価のものさしは、日常生活能力ではなく、労働能力とされています。ここでいう労働能力はそれぞれの個人の労働能力ではなく、一般的労働能力を指すとされています。この労働能力は、個人の具体的な職業との関連でみるのではありません。 障害評価のものさしとしての日常生活能力や労働能力は、あくまでも平均的な生活環境や一般的労働能力を考慮した想像上のものです。診断書を書いてもらったり、病歴等申立書を作成するときには、この点を留意することが必要です。 (2)ものさしに日常生活能力が採用された事情 昭和36年から実施された国民年金法では、農漁業者や自営業者だけでなく被用者年金から退職した者や失業者なども強制被保険者とされていました。そして、サラリーマンの妻や学生は任意被保険者とされました。サラリーマンの妻は昭和61年に、学生は平成3年に強制被保険者に組み入れられました。このように制度発足時から無業の者も被保険者として取り込んでいた国民年金では、厚生年金などの被用者年金と異なり、障害程度は労働能力で測定することが出来ませんでした。そこで、障害程度の測定を何を基準とするかが国民年金創設の際に問題となりました。 先天性の障害や20歳初診による障害、専業主婦などが障害になったときに、その障害程度を労働能力ではかるのは無理があります。結局は、被用者年金の労働能力を日常生活能力と言い換えて、それを障害評価のものさしとしました。もともと厚生年金の障害測定の基準である労働能力は、個々の人の職業的能力と無関係な抽象的・一般的な能力でしたので、厚生年金の障害のものさしである労働能力は、日常生活能力あるいは能力一般とそれほど変わらない内容でした。こうした事情が、労働能力を日常生活能力に言い換えることを可能にしました。 (3)日常生活能力と労働能力 昭和61年に基礎年金制度が創設された後は、3級の障害厚生年金が労働能力を基準とし、1級と2級の障害基礎年金・障害厚生年金は、日常生活能力を基準として障害の程度を測定するようになりました。 (4)稼得能力と障害評価 年金制度は稼得能力の喪失や現症に大して、所得保障を行うことを目的としています。障害年金の場合は、介助費用など障害故に生じる出費の増大に対する保障の意味も持っています。 ところが、年金制度における日常生活能力や労働能力は、現実における稼得能力との関連を欠いたままです。稼得能力というのは、労働市場において労働力を販売し、その対価として賃金を得る能力です。稼得能力は労働能力を経済的側面から眺めたものです。労働能力は、精神的・肉体的諸力を使用し、労働を遂行する能力ですので、労働過程の側面から人間の働く能力をみています。労働能力があっても、障害者に対する雇用差別などがあれば稼得能力としては機能しません。 雇用保障を欠いたままで障害の評価が日常生活能力や労働能力で評価されると、稼得能力が低くても障害年金を受けられない人が発生します。 もう一つの問題は、障害評価です。具体的な障害評価のものさしとして日常生活能力を使用する場合には、平均的、一般的な日常の人間の生活をどのようなものと考え、日常生活を成り立たせる生活場面が何であるかを想定しなければなりません。その上で、日常生活に必要な具体的な能力が何であるか、日常生活を成り立たせるにはどの程度の高さの能力が求められるのか、これを決める必要があります。 人間の日常生活は、職場での生活と家庭内の生活から成り立っています。前者は労働能力の消費過程、後者は労働能力の再生産過程としての意味を持っています。人が営む生活を全体としてみれば、日常生活能力というのは、労働能力を内に含んだ、非常に包括的な能力であり、食事の用意、金銭管理、障害の生活設計から、細かいところではゴミの分別、ゴミ出しから育児、近隣との付き合い、余暇の過ごし方に至るまで、実にさまざまな能力から構成されます。 こうした包括的で総合的な能力の全体を視野に入れて、障害者の日常生活能力がはかられるならば、障害の評価が厳しすぎるという障害者や諸具合者団体からの批判は今よりももっと少なかったと思います。 ところが、実際には日常生活能力の有無は、障害認定基準に該当するかどうかで判断されてしまいます。本来は、日常生活能力や労働能力をはかるために障害認定基準がつくられているはずです。しかし、障害認定基準に該当すれば日常生活能力がないと判断され、障害認定基準に該当しなければ日常生活能力があるはずだという理由で障害年金は不支給にされています。その反面、働いていない場合には、働いていないからといって必ずしも日常生活能力が低いとは限らない。1人で出かけたり、映画を見に行ったりできるから日常生活能力はあるはずだ、このように認定した社会保険審査会の裁決例もあります。結局、日常生活能力概念は、障害評価を厳しくするために便宜的に使われているのが実態です。 (5)日常生活能力の判定の問題 日常生活能力などの判定は、診断書作成医に委ねてしまい、年金の裁定は障害認定審査医員が行うことになっています。しかし、書類審査だけですから、現実の日常生活能力の測定がどれだけ客観性を有するかは極めて疑問です。これまでから、障害認定審査医員などの会議では、診断書作成医の判断がばらばらであることは何度も指摘されていました。 障害評価のものさしが、もともとものさしとして妥当ではないこと、そして現実には障害評価のものさしとして機能していないこと、現場での障害認定は診断書作成医の判断に大きく依存する傾向があること、ここに根本的な問題があります。 障害認定基準 障害年金における給付内容は、傷病名で決まるものではありません。傷病によって生じる障害の状態によって給付されるものです。この時の基準となるものは、政令で定められた障害等級表です。この表では、一定基準以上の障害状態が具体的に規定されていますが、内部障害や精神障害は、具体的な記述がされずに、外部障害との比較で「前各号と同程度以上と認められる程度のもの」というきわめて曖昧な表現しかされていません。 そこで、統一的な認定基準の作成という必要に迫られて作られたのが、障害程度を定めた通達である障害認定基準「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(昭和61年3月31日庁保発第15号)です。障害認定基準は基本的にはがんも含め、すべての障害を対象としています。例外的に対象外としているのは、疼痛、糖尿病性神経障害の単なる痺れ、感覚マヒ、人格障害や神経症などです。これらも無条件に対象外としているのではなく、重篤であったり、持続期間などを判断して障害年金の対象となることはあり得るとされています。