非定型うつ病とは
抑うつ状態が起こる病気をまとめて「気分障害」と呼びますが、気分障害は「大うつ病」と「双極性障害」に大別されます。大うつ病には、「メランコリーうつ病(定型うつ病)」「非定型うつ病」「その他のうつ病」があります。また、抑うつ状態が2年以上続いているものを「気分変調性障害(持続性うつ病)」といいます。
非定型うつ病が病気として認められたのは、つい最近の話で、医師の間でもまだ十分に理解されていないこともあり、誤った診断がなされていることも少なくありません。そのため、正確な患者数はわかっていませんが、ある調査では定型うつ病と診断されている人のうち約30%が非定型うつ病だったという結果が出ています。
こうした”隠れ非定型うつ病”の人は、長期にわたって治療をおこなってもなかなか効果があらわれません。
大うつ病
メランコリー(定型)うつ病
つねにうつ状態で、良いことがあってもずっと気分は落ち込んだままです。涙を流したり、自責的になります。
非定型うつ病
定型うつ病とは違い、気分のアップダウンがあるのが特徴。患者さんの約6割は、軽い躁のある双極性障害Ⅱ型を併発しているという報告があります。
その他のうつ病
他に当てはまらない、特定の状況下で怒りやすいうつ病。たとえば、季節性うつ病、産後うつ病などがあります。
定型うつ病と非定型うつ病の違い
非定型うつ病と、定型うつ病との共通点は、抑うつ感があらわれることと、集中力の欠如、思考力や判断力の低下です。ただし、非定型うつ病の初期の場合は、抑うつ状態のときのみあらわれます。
両者で異なるのは、症状のあらわれ方です。定型うつ病では朝から抑うつ感があらわれ、楽しいことがあっても気分は沈んだままです。
一方、非定型うつ病の場合は夕方から夜に抑うつ発作があらわれることが多く、楽しいことがあると元気になる「気分反応性」がみられます。このほか、非定型うつ病では特に甘いものの過食と過眠、夜間覚醒が目立ちます。
「怠けているのでは」と思われがちな非定型うつ病。本人はつらくてどうしようもないのに、周りの人からは誤解されやすく、それによってつらさが倍増します。
非定型うつ病 | 定型うつ病 | |
病前の性格 |
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気分 |
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ゆううつな時間帯 |
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欲求、体型変化 |
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睡眠 |
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治療方針 |
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発症の原因
脳の前頭前野の働きが弱まっている
人間の感情をつかさどっているのは前頭前野を含む前頭葉です。前頭前野の働きが弱くなってしまうと、気分が変わりやすくなります。前頭前野の発達は、30歳過ぎまで続きます。そのため、若いうちは感情が不安定になりやすいのです。また、感情や判断に関わる偏桃体が、不安や恐怖で興奮状態になり、前頭前野の働きが低下することも考えられます。
前頭葉の疲労中枢の活動が低下して起こる
前頭葉には、疲れを感じる中枢があります。脳の疲労中枢は疲れを感じると、自律神経や内分泌系に影響を及ぼします。通常だと、疲労中枢や自律神経で疲れをコントロールするシステムが働きますが、これらの機能が低下していると、手足に鉛がつまったように重くて動かなくなるのです。
脳内の神経伝達物質
セロトニンやノルアドレナリンの働きに異常が生じると、うつ病が起こると考えられています。
定型うつ病では、セロトニンの働きが極度に低下することで、不安や不眠などが起こりやすくなりますが、非定型うつ病ではセロトニンの低下はみられず、パニック発作を併発している場合にはむしろセロトニンの働きが亢進するという報告もあるようです。一方、パニック発作のない非定型うつ病では、深い眠りに関わる神経伝達物質であるアセチルコリンの受容体が過敏になっていると考えられています。
非定型うつ病になりやすい人
こうした内的要因に加えて、養育歴や環境、生活習慣、人間関係のストレスなどの外的要因が重なると発病するリスクが高くなります。
不安気質
非定型うつ病の人は、その特徴的な症状のために、しばしば”わがまま”などと非難されますが、非定型うつ病になりやすいのは”わがままな子”ではありません。むしろ、幼いことから手がかからず、成績優秀で他人への気配りもできる”良い子”がなりやすいのです。
”良い子”は周囲からの評価が高いために、それを崩すまいとして、人と接するときに過度に緊張したり、顔色をうかがう傾向があります。そして、周囲からどう思われているかを気にして、不安に陥ってしまうのです。
たとえば、幼少時に両親が離婚していたり、親から虐待を受けていたというような場合、”周囲の人にいい子だと思われたい、嫌われたくない”という強い思いを持ち続けていると、適切な自己主張ができなくなります。自分の感情を押し殺してでも他人に合わせることを続けている内に、やがて心が破たんして非定型うつ病を発症するとも考えられています。
”良い子”は、親や先生などに怒られたことがほとんどなく育ってきています。挫折した経験がないため、内面はとてもデリケートで、つねに不安を抱えています。そのため、たとえば社会人になって上司にちょっとした注意を受けただけで、「自分はダメな人間なんだ」と必要以上に落ち込んだり、否定されたと感じて激しく怒ったりすることがあります。
また、親の不安気質を受け継いだり、家庭環境から不安気質が生まれたりします。
養育歴
精神疾患の発病には、育ち方や社会環境も影響すると言われています。特に重要なのが、幼少時の母親との関係です。3歳までに脳の90%が発達すると考えられていて、この時期に母親から十分な愛情を注がれて育つことにより、子供は安心感や他者への信頼感をはぐくみ、自我を確立していきます。
しかし、両親が離婚、母親が多忙、障害をもつ弟や妹がいる、などの状況があると、子供は愛情を実感できずに不安を抱えるケースもあります。
- 身体的虐待、性的虐待、心理的虐待
- ネグレスト
- 両親の別居、離婚
- 11歳以前に両親のいずれかとの離別
- 母親の養育態度の異常(母親がうつ病や統合失調症)
- 母親が不在がち
- 障害をもつ兄弟がいる
- 両親と子の気質の違い
環境
スピードと合理化を追求し続ける現代社会は、人間にとってはストレス。情報が多いのも、取捨選択を強いられ、疲れの元になります。
ストレス
非定型うつ病は、他人の目を気にする人がなりやすい傾向があります。そのため、特に人間関係のストレスが原因となることも多いです。
生活習慣
体と心の不調は連動します。不規則な生活や、不摂生をしていると、体の不調と自己嫌悪とで、心にも不調をもたらします。
発病の引き金
上記のような、もともとあった気質や環境に加えて、発病の引き金となるのは、本人にとって嫌なライフイベントです。ライフイベントとは、結婚や転職、引っ越しなど、人生に影響を及ぼすできごとのことです。
本来おめでたいことでも、環境の変化でストレスを感じれば、引き金になります。また、からかわれて恥ずかしかった経験や、怒られてつらかった経験など、些細なことも、本人にとって大きなストレスなら十分発病の可能性があります。
- いじめ、いやがらせを受けた
- 公衆の面前でからかわれた
- 失恋した、二股をかけられた
- 上司に怒られた
- 同僚や上司と人間関係でトラブルがあった
- 進学したが友人ができない
- 結婚をして環境がかわった
- 転勤や異動でなれない仕事に就いた
非定型うつ病の症状
気分反応性
定型うつ病の場合は今まで本人が楽しんでいたことをしようとしても気分がふさぎこんだままなのに対して、非定型うつ病では楽しいこと(自分にとって都合のよいことが起こると)があると、それまでの落ち込みが嘘のように急に気分がガラリと変わるということです。たとえば、上司の何気ない一言(ささいなことですぐに落ち込む)を気にして悩み、会社を休んでしまう一方で、デートや友人との食事など楽しい用事にはウキウキと出かけることができます。
このようい気分の波が大きいことを「気分反応性」と呼び、非定型うつ病に典型的な症状としてみられます。
拒絶過敏症
悪気のない一言でも、自分が馬鹿にされたような気がしてしまい、怒りを抑えられなくなります。すなわち、人から言われたことを、すぐに批判や非難ととらえ、極端に落ち込んだり怒ったりしてしまうことです。たいていの場合は、本人の勘違いや拡大解釈によるもの。周りの人との人間関係に支障をきたすこともあります。
過眠、鉛様麻痺
抑うつ気分が高まると眠気が強くなり、寝すぎの状態になりますが、実際には熟睡できずに浅い眠りがだらだらと続くため、朝になっても起きられなかったり、日中も強い眠気に襲われるようになります。ひどくなると生活が昼夜逆転してしまいます。その結果、学校や会社に行くのが困難になることも。(一日に10時間異常眠る日が週3日以上あれば過眠とされます。)
眠とともに起こりやすいのが「鉛様麻痺」です。これは、単なる疲れというレベルではなく、全身に極度のだるさや痛みが生じます。そのため、ベッドから起き上がったり、動くことさえ困難になります。疲労感が異常に強いので、慢性疲労症候群と診断され、検査を受ける人も多いのですが、たいてい体に異常や病気はみつからないため、周囲から”気のせい””仮病”などと誤解されがちです。
過食
身体が抑うつ気分や不安感をまぎらわそうとして、食欲が増し、つい食べ過ぎてしまう。
甘いものを食べたい衝動にかられ、チョコレートやおまんじゅうなどをたくさん買い込んで食べます。糖分を摂取することでインスリンというホルモンの分泌が高まり、それによって脳内の神経伝達物質のセロトニンが増加して、抑うつ感が一時的に和らぎます。
フラッシュバック
忘れていた過去の嫌な記憶が、突然よみがえってきます。過去に起こった様な体験が、突然視覚的に鮮明によみがえってきて、絶望感や不安感でいっぱいになってしまいます。PTSDのような生死にかかわるようなものではなく、多くは親や友達に否定された記憶などです。
自傷行為
不安な気持ちから一刻も早く逃れたくて、つい自分のことを傷つけてしまいます。
併発と二次障害
併発
非定型うつ病の人は、不安気質、特に対人関係に関する不安を強くもっています。それが「拒絶過敏症」などの症状として現れます。また、社交不安障害も、拒絶されることを恐れ、対人不安が強くて生活に支障をきたす病気で、よく併発します。
- パニック障害
- 社交不安障害
- 広場恐怖
- 特定の恐怖症
- 全般性不安障害
- PTSD
- 強迫性障害
- 双極性障害
- 境界性パーソナリティ障害
- 季節性うつ病
- 慢性疲労症候群
不安障害との併発
特に非定型うつ病と併発しやすい病気は、不安障害です。どちらも不安気質を土台にして発症するため、併発が多いと考えられます。
不安障害の人は、根本に不安気質を抱えています。非定型うつ病もこうした不安気質を土台にして発症することが多いため、実際には非定型うつ病よりも以前に何らかの不安障害を発症していることが殆どです。その割合は37.7%と高確率。また、その大部分は非定型うつ病です。
双極性障害との併発
双極性障害は、かつては「躁うつ病」と呼ばれていましたが、躁状態とうつ状態の両方があらわれる病気です。
躁状態のときは、気分が高揚して活動的になります。衝動的な行動をとる、態度や発言が横柄になる、自信過剰になる、物欲や性欲が高まる、眠らない、といった症状があらわれるため、問題行動がおこりがちで、人間関係に亀裂が生じることも少なくありません。
一方、うつ状態になると、気分が落ち込み、疲労感に襲われます。身だしなみにかまわなくなり、部屋にひきこもって何もしないといった状態になります。Ⅱ型の場合は躁状態が軽く短期間です。ほとんどがうつ状態なので本人も周囲の人も躁状態に気付かないことがあります。ちなみにⅡ型は躁状態の程度は軽いのですが、自殺のリスクが高く、摂食障害やアルコール依存などの依存症を併発することも多いなど、危険度が高いといえます。
依存症
不安をまぎらわすために、依存症になることがあります。たとえば、アルコール依存症。お酒を飲むと、一時的に不安が強くなるので、飲む量や回数も増えていきます。また、保護してほしい、可愛がってもらいたいという気持ちが強く、連ライ、セックス依存状態になることもあります。